ご無沙汰しました

とうとう年の暮れが迫って来ました。あれこれと書くこともあったのですが、老年性の怠惰さで今日になってしまいました。

今日書く気になったのは、現在のアルゼンチンの現況が、とてもひどいことになっていることを知ったからです。

テレビによれば、インフレの悪化で、警察官や病院職員が賃上げ要求のストライキに入り、全土のあちこちの州や町で、治安が悪くなり、暴動や略奪が起きていると言うのです。

小生がアルゼンチンに行った時も、インフレの最中でしたが、そんな気配は無かったのに、どうなっているのと驚きました

テレビなので、部分しか強調されていないとは思うのですが、心配です。ま、わが国の民情も、昔とは違って来たので、驚くべき犯罪が多発していますが、現代の相似の病かもしれませんね。

タンゴを聴いて、気持ちを落ち着けることにします。それでは、また。

 

9月も終りです

大雪山系に早々に初雪があったとおもえば、JR北海道が、せっせと昔からのいい加減さのツケを払って、大騒動。今週は旭川に行く予定なのに、何に乗ればいいのか見当がつきません。

おまけに札幌の南区には、熊が出没して、射殺体をTVに公開して、人心を騒がせています。楽人の中央区は、大分離れていますが、結構、お見舞いを頂戴しています。ま、年寄り故に、いたずらに出歩かないので、本人は、至ってのんびりしています。

部屋を片付けると書きましたが、だめですね。CD、LPやDVDを整理しても、何か一曲中庭に載せると、元の木阿弥です。訳詞をストップするまでは、生姜(?)無いと言うことですかね。

各地、それぞれ良い事悪い事があるでしょうが、みなさんお元気で。まずは、季節のお見舞いまで。 楽人

 

 

お知らせの続き

9月6日7日あたりで若干中庭に入る時、トラブルのあった方がいらっしゃるかもしれません。

それは、楽人の休暇(さぼり?)に便乗されて、大家のkitanoitさんが、サーバーの引っ越しをされたので、アドレスの関係で少し乱れたようです。

もっとも、直ぐに自動移項するので、あまりご面倒は掛けなかったかと思いますが、連絡せずに失礼しました。

1日だけで終了しましたので、ご安心ください。それでは、懲りずに遊びにいらして下さい。          探戈楽人

 

お知らせ

異常気象が続く中、散歩者のみなさんは、お元気のことと存じます。楽人の札幌は、平年より少し平均気温が高かった程度で、他はあまり変化がありませんでした。お見舞いを頂いた諸兄姉にお礼申し上げます。

ところで、気が付いたら2600曲を上場していました。いやに丁度いい数なので、この辺で中庭も終りにしようかなと考えました。ただ、まだリクエストも残っているので、それでは申し訳ないとも思います。

それで、1ヶ月ほど、ボチボチ訳を載せるだけの、休暇を取ることにしました。理由としては、1. 訳詞の曲を聴くのに、多くのCDやLPやテープを使用するままに、乱雑に部屋を占拠しているそれらの整理をするため。 2. 以前に上場した訳と解説の訂正修正を、出来るだけするため。3. 秋がシーズンの同窓会、同期会の旅行に出かけるためです。何しろお互いに来年は顔を見られるかどうか分らない歳になっているものですからね。

そんな次第で、明日から10月10日位までは、偶数日の定期上場をしませんので、悪しからずご理解ください。

一日も早く日本の天高く馬肥ゆる秋が来るのを祈念しております。

 

 

 

 

藤澤嵐子さんも亡くなられて

引退をされてから、消息を殆ど聴かなくなっていた、藤沢嵐子さんが、亡くなられていた。今月(2013年8月)22日とのこと。

因みに、1925年7月21日の生れなので、享年88歳ということですね。

楽人が最後に聞いたコンサートは小樽でのものだった。その後も、北海道に来られていたが、楽人がタンゴを離れていた時期であり、せいぜい旭川駅通過時に列車まで、お好きだと言われた、駄菓子のスアマを差し入れた記憶くらいしかない。

ピアソラ来日の時の公演のCDを聴いて、ご冥福を祈りました。

 

 

エドワルド・ファルー氏が亡くなられて

暑さに紛れて、あちこちネットサーフインをするのを忘れていたら、今朝になって、この8月9日にブエノス・アイレスでエドワルド・ファルー氏が亡くなられたのを知りました。

フォルクロレのマエストロなので、ゴタンの中庭にどうかと思ったのですが、彼の名作のサンバ・デ・ラ・カンデラリアの訳ものせているので、ま、お許しを願います。

ファルー氏とは、昔、氏が札幌、旭川と公演の関係で1週間ほど北海道に滞在された時、彼の演奏時間と、小生の公務の時間以外は、朝から朝(?)まで遊び歩いたものでした。真冬でしたが、その遊びっぷりに、MCとして同行していた、山本満喜子さんが、あきれ返っていたものでした。あげく氏の予備のギターを売るのを手伝ったりして…。若い日の思い出です。(他のプライベートは、極秘です?)。

その満喜子さん(元勲山本権兵衛氏の孫娘)は、キューバと縁のある方で、若い頃の恋の逃避行や、独立後は、キューバのサトウキビ刈りのボランティアを募っておられました。キューバで働いた若者が、終って帰る時、北海道へ帰ると聞くと、必ず小生当ての紹介状を持たせたようです。その中の一人に、小生の教え子がいて、彼は、学校まで改めて訪ねて来て、「なんだか紹介されて来るなんて、変な気分」と言っていました。その満喜子さんは1993年7月24日に、メキシコのアカプルコで亡くなられました。

今朝、中庭に上場したのが、「フィデルに捧げるミロンガ」でキューバのカストロ議長に捧げた曲でした。その後に、ファルー氏の死を知り、思いが満喜子さんに拡がり、キューバ絡みになって、不思議な気がしました。

大勢のタンゴやフォルクロレの内外の知己が、亡くなられています。丁度お盆でもあり、なにかの縁かと、皆さんを、思い出して過そうと思っています。

残暑まだまだ厳しいと思います。散歩者の皆さんには、お元気で、この異常な気候を乗り切られますように祈念しております。 では、また。

 

 

ガルデル週間として

お気づきかも知れませんが、16日からガルデルが歌った歌や、ガルデルを称える歌を載せています。

それは、6月24日が、ガルデルの祥月命日だからです。溜まっていたガルデルが歌った歌と、ガルデル賛歌を少し連続して載せています。

後数日載せる予定です。もう、あまりガルデル絡みのリクエストが無くなって来たことにもよりますがね。時代は、変っているんですね。

ガルデルも、あれほど有名なのに、いや有名だからか、生れた年も生れた場所も分っていません。また、1935年6月24日亡くなったのは、飛行機事故で明白ですが、その遺体(当時は土葬)がどこにあるのかも明確でありません。(大きな説は2つですがね)。

また、どの本も、あまり触れたくない様で、明確に書いたものもないようです。(こっちが見逃しているのかもしれません。)

隠したい人がいるなら、それでもいいかなと思いますが…知りたいと言う思いも…これも人情でしょうか。

それでは、この数日、ガルデル関連の歌詞にお付き合いください。